農業の機械化 4
企業家としてのさまざまな交渉、財政的な折衝、経営上の調整と気も狂うばかりに追いまくられながら、彼は障害を一つ一つ克服していきました。
大量のジャガイモを確保するために、新しく数か所のジャガイモ農場を買入れて耕作しました。
大量の出荷用木箱を手に入れるために、製材所を買い取って木箱製造工場も建てました。
際限なく出るジャガイモの皮や芽を処分するために、約3500頭の豚の牧畜場を作りました。
ジャガイモの大量収穫で痩せてしまった土壌の肥料を確保するために、フォートホール・インディアン保留地内のリン酸塩が豊富に含まれる地域2500工ーカーの鉱業権を買い取り、鉱業と化学工業を始めました。
それぞれの障害が新しい企業努力を呼び起したのです。
しかし、おそらく最大の障害であり最も手強い挑戦相手は国税局(IRS)でした。
盛んに拡張をつづけ、多角化していく事業を運営していくためには多額の投資資金が必要でしたが、国税局は90パーセントもの戦時利得税を徴収していたのです。
1930年代のフーヴァーおよびルーズヴェルト政権は、利潤は一種の窃盗であるという考えを持っていて、このために1929年の恐慌ののち、10年にもおよぶ不景気が続いていました。
その間、回復の兆しが少しばかり見えても、たちまち新しい税制によって消えてしまいました。