農業の機械化 3
戦火の下で当時、偶然の一致と言うべきか、世界情勢も市場も急激な変化を迎えていました。
戦争が起り、乾燥食品に対する巨大な潜在需要が生じるとともに、ボイラーの購入は最優先の武器製造業者だけに制限されました。
強力なボイラーがなければ、シンプロットは新しいジャガイモの皮むきと乾燥の工程を完成することはできません。
しかしこの問題はアイダホ北部のマッコールで、ある製材所が焼けた時に解決しました。
若い農場主は山道を猛スピードで疾走し、交通事故の被害者あさりの弁護士のようなうしろめたい気分で、火をかぶらなかったと報じられたボイラーを競り落しに出かけました。
シンプロットの行動はまさに時機を得たものでした。
1942年には、アメリカ軍が全世界に送り出され、シンプロットは世界最大の乾燥工場を支配していました。
乾燥ジャガイモの需要はシンプロットの予想をはるかに上回っています。
合衆国陸軍補給局の役人たちが大量の緊急注文をもって彼の工場に殺到しました。
彼は大急ぎでアイダホをはじめカリフォルニアにまで新しい工場を建てました。
しかしそれでもとうてい間にあわない上に、拡張のたびに新しい障害が生じて行き詰ってしまいました。